治療が難しい卵巣がんで免疫療法が「有効なタイプ」を発見 「IL-17」による効果予測で個別化医療の実現に期待
近畿大学医学部(大阪府堺市)産婦人科学教室医学部講師 村上幸祐、同主任教授 松村謙臣らの研究グループは、国立研究開発法人理化学研究所(埼玉県和光市)生命医科学研究センター免疫記憶研究チーム チームディレクター 高村史記、近畿大学医学部免疫学教室などとの共同研究により、抗がん剤や免疫療法が効きにくいとされてきた「卵巣明細胞がん※1」の一部に、免疫療法が有効なタイプが存在すること、その鍵が炎症に関わるタンパク質「IL-17※2」であることを、ヒトとマウスの両面から明らかにしました。本研究により、IL-17が、がん細胞そのものに直接働き掛け、免疫細胞を呼び込んで攻撃しやすい環境を形成することも明らかになりました。この仕組みを活用することで患者ごとの免疫療法の有効性を予測でき、「個別化医療」の実現につながると期待されます。
本件に関する論文が、令和8年(2026年)6月30日に暫定版、令和8年(2026年)7月9日(木)に最終版が、英国のBioMed Central(Springer Nature)が発行する、がん研究に関する学術雑誌"Molecular Cancer(モレキュラー キャンサー)"に掲載されました。
【本件のポイント】
●抗がん剤や免疫療法が効きにくいとされる卵巣明細胞がんの中に、免疫療法が効きやすいタイプが一部存在することをヒトとマウスの両方で発見
●炎症に関わるタンパク質「IL-17」が、がん細胞に直接作用し免疫細胞を呼び込み攻撃しやすい環境をつくることが明らかに
●本研究成果により、患者ごとに免疫療法が効くか予測が可能になり、個別化医療につながる可能性に期待
【本件の背景】
卵巣がんは、婦人科のがんの中でも特に治療が困難ながんのひとつです。その中でも「卵巣明細胞がん」は、日本人の卵巣がんの約4分の1を占め、欧米より頻度が高いことが知られています。卵巣明細胞がんは抗がん剤が効きにくく、再発した場合も治療が難しいため、新しい治療法が強く求められてきました。
近年、免疫の力を引き出してがんを攻撃する「がん免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤※3 など)」が、さまざまな種類のがんに対する治療で成果を上げています。しかし卵巣がんでは大規模な臨床試験でも明確な効果が示されず、中でも卵巣明細胞がんは周囲に免疫細胞が少なく、「免疫がはたらきにくい冷たいがん(免疫コールド)」と考えられてきました。ところが先行研究では、一部の卵巣明細胞がん患者に免疫療法がよく効くケースが報告されており、「なぜ一部の患者にのみ効果があるのか」「効果が期待できる患者をどう見分けるか」が大きな課題となっていました。
【本件の内容】
研究グループは、まず、180例のヒトの卵巣明細胞がんの組織と遺伝子情報を解析しました。その結果、卵巣明細胞がんでは免疫細胞の数自体は少ないものの、ごく一部(約5%)に炎症に関わるタンパク質であるIL-17が強く働いているタイプがあり、それらのがんでは免疫細胞が集まって活性化している「炎症のサイン」が見られることが分かりました。重要なのは、この特徴が従来免疫療法の効果予測に使われてきた指標とは無関係に現れた点で、このことからIL-17は新たな指標となる可能性が示されました。
次に、ヒトの卵巣明細胞がんを再現したマウスモデルと、培養細胞を使ってIL-17が働く仕組みを検証しました。その結果、IL-17はがん細胞そのものに直接作用し、細胞内の「NF-κB※4」という炎症のスイッチを入れることで、免疫細胞を呼び寄せ活性化させる物質を放出させることが明らかになりました。実際にマウスでIL-17が作用する環境をつくると、がんの中に免疫細胞が増えて活性化し、さらに免疫療法(抗PD-L1抗体)の効果が高まって生存期間が延びることが確認されました。つまり、IL-17は「免疫コールドながん」を免疫が働きやすい状態へと作り変える引き金であり、IL-17が強く働くタイプを見分けることが、卵巣明細胞がん患者に効果的な免疫療法を実施するための新たな指標となることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:<i>Molecular Cancer</i>(インパクトファクター:42.2@2025)
論文名:IL-17-Driven Tumor Cell-Intrinsic Inflammatory Programming
Creates an Immunotherapy-Permissive Microenvironment
(IL-17によって誘導されるがん細胞自身の炎症プログラムが、
免疫療法の効きやすい微小環境をつくり出す)
著者 :村上幸祐<sup>1*</sup>、高村史記<sup>2*</sup>、宮川知保<sup>1</sup>、高松士朗<sup>1</sup>、加嶋洋子<sup>1</sup>、長岡孝治<sup>3</sup>、小林由香利<sup>3</sup>、
博多義之<sup>4</sup>、加藤茂樹<sup>3</sup>、河原佐智代<sup>3</sup>、Ding Nan<sup>1</sup>、Ronald Chandler<sup>5</sup>、高橋智<sup>6</sup>、
宮澤正顯<sup>3</sup>、垣見和宏<sup>3</sup>、松村謙臣<sup>1</sup> *共同筆頭著者
所属 :1 近畿大学医学部産婦人科学教室、
2 国立研究開発法人理化学研究所 生命医科学研究センター、
3 近畿大学医学部免疫学教室、4 近畿大学医学部医学基盤教育部門、
5 ミシガン州立大学人間医学部 産婦人科学・生殖生物学部門、
6 筑波大学トランスボーダー医学研究センター
URL :https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42380903/
DOI :10.1186/s12943-026-02726-2
【本件の詳細】
卵巣明細胞がんでは、CD4陽性T細胞※5 という免疫細胞がやや多いという特徴があり、研究グループはこの点に着目しました。大規模な遺伝子データを解析した結果、IL-17が強く働く一部のがんでは、免疫細胞が集まって活性化する「炎症性の状態」が生じていること、その状態が従来の効果予測指標(マイクロサテライト不安定性〈MSI※6〉や、遺伝子変異の多さ〈TMB※6〉)とは独立に現れていることが分かりました。
さらに、IL-17が免疫細胞を介さず、がん細胞に直接作用してNF-κBを活性化し、免疫細胞を呼び込むケモカインなどの物質を産生させることを確認しました。マウスを用いた実験では、IL-17が作用する環境では、がんの中に免疫細胞が多く集まり、活性化していました。また一細胞レベルの解析により、これらの免疫細胞は機能を失った状態ではなく、がんを攻撃する能力を維持していることが明らかになりました。加えて、炎症性の環境を持つマウスでは、免疫療法(抗PD-L1抗体)によって生存期間が延長する一方、免疫療法を行わない通常の経過では、生存期間に差は認められませんでした。これらの結果から、IL-17は「予後の良し悪し」を示す指標ではなく、「免疫療法の効果を予測する指標」であることが明らかになりました。
この成果は、卵巣明細胞がんに限らず、がん細胞自身が形成する炎症環境が免疫療法の効果を左右するという、幅広いがん種にも共通する可能性のある新たな知見を示すものです。
【研究者のコメント】
村上幸祐(ムラカミコウスケ)
所属 :近畿大学医学部産婦人科学教室
職位 :医学部講師
学位 :博士(医学)
コメント:卵巣明細胞がんは抗がん剤が効きにくく、免疫療法も多くの患者さんには届いていませんでした。私たちは、ごく一部ではあるものの「免疫療法が効きやすいタイプ」が確かに存在し、その鍵がIL-17による炎症であることを、がん細胞自身のはたらきから明らかにしました。理化学研究所や本学医学部内での緊密な連携があってこそ到達できた成果です。効く患者さんを見分け、一人ひとりに最適な治療を届ける個別化医療の実現に向けて、研究をさらに進めていきたいと考えています。
【用語解説】
※1 卵巣明細胞がん:卵巣がんの組織型のひとつ。日本人では卵巣がんの約4分の1を占め、抗がん剤が効きにくく治療が難しいことで知られる。
※2 IL-17:インターロイキン17。免疫細胞などがつくる、炎症に関わるたんぱく質(サイトカイン)の一種。
※3 免疫チェックポイント阻害剤:がん細胞が免疫にかけている「ブレーキ」を外し、免疫の力でがんを攻撃させる薬。代表例に抗PD-1抗体・抗PD-L1抗体。
※4 NF-κB:エヌエフ・カッパー・ビー。細胞内で炎症や免疫に関わる多くの遺伝子の働きを一斉に切り替える「司令塔」のようなタンパク質。
※5 CD4陽性T細胞:T細胞は、体内に侵入した異物やがん細胞を攻撃する、免疫の中心的な細胞で、CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞とに大別される。
※6 MSI・TMB:それぞれ「マイクロサテライト不安定性」「腫瘍遺伝子変異量」。これまで免疫療法が効きやすいかを予測する目印として使われてきた指標。
【関連リンク】
医学部 医学科 医学部講師 村上幸祐(ムラカミコウスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1898-murakami-kosuke.html
医学部 医学科 教授 松村謙臣(マツムラノリオミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2124-matsumura-noriomi.html
医学部 医学科 准教授 長岡孝治(ナガオカコウジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/3109-nagaoka-kouji.html
医学部 医学科 講師 河原佐智代(カワハラサチヨ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2550-kawahara-sachiyo.html
医学部 医学科 教授 垣見和宏(カキミカズヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2975-kakimi-kazuhiro.html
医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/