筋芽細胞の増殖を維持・促進させる細胞外マトリクス機構を発見 筋再生医療や培養肉、サルコペニア研究への応用に期待
近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士後期課程3年 片山ともか、近畿大学農学部(奈良県奈良市)生物機能科学科 准教授 岡村大治らの研究グループは、血清中に含まれる細胞外マトリクス※1(ECM)タンパク質「ビトロネクチン(Vitronectin)※2」が、筋芽細胞※3 の分化を抑制しながら細胞増殖を維持・促進させることを明らかにしました。さらに、細胞外マトリクスタンパク質であるビトロネクチンとサイトカイン※4 である「LIF(Leukemia inhibitory factor)※5」を組み合わせることで、血清を含まない条件下でも筋芽細胞を長期間増殖可能であることを示しました。本研究成果は、筋再生医療、培養肉、サルコペニア※6 研究などにおいて、低コストで科学的再現性の高い細胞培養技術の構築につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和8年(2026年)5月28日(木)(日本時間)に、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行するバイオマテリアル分野の国際学術誌「Biomaterials Science(バイオマテリアルズ サイエンス)」にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●血清中に含まれる細胞外マトリクスタンパク質「ビトロネクチン」が、筋芽細胞の分化を抑制しながら、細胞増殖を維持・促進させることを発見
●ビトロネクチンとLIFを組み合わせることで、血清を含まない条件下でも筋芽細胞を長期間増殖可能
●筋再生医療、培養肉、サルコペニア研究などにおいて、低コストで科学的再現性の高い細胞培養技術の構築につながることが期待
【本件の背景】
筋肉は、筋芽細胞が増殖した後に互いに融合・分化することで形成されます。この「増殖」と「分化」の切り替えは、発生・再生・老化のいずれにおいても重要な現象であり、再生医療や培養肉技術においても中心的な課題となっています。従来、筋芽細胞の分化は、培養液中の成長因子※7 の減少によって誘導されると考えられてきました。しかし、培養液中には細胞外マトリクス成分も含まれており、それらが筋細胞の状態制御にどのように関与するかについては十分に理解されていませんでした。特に、筋芽細胞を「分化させずに増やし続ける」細胞外環境を構築できれば、筋再生医療や培養肉における大量培養技術の発展につながると期待されていました。
【本件の内容】
研究グループは、血清中に豊富に含まれる細胞外マトリクスタンパク質「ビトロネクチン」に着目し、筋芽細胞への影響を解析しました。その結果、ビトロネクチンが、筋芽細胞の分化を強く抑制しながら、細胞増殖を維持・促進させることを明らかにしました。この作用はマウス、ラット、ヒト、ニワトリ胚由来筋芽細胞で共通して確認され、3次元培養(スフェロイド培養)※8 でも筋芽細胞の分化を抑制しながら細胞の成長を促進することを明らかにしました。さらに、ビトロネクチンとLIFを組み合わせることで、血清を含まない条件下でも筋芽細胞を長期間増殖可能であることを示しました。これにより、従来必要とされてきたウシ胎児血清(FBS)※9 への依存を低減し、低コストで科学的再現性の高い細胞培養技術の構築につながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:Biomaterials Science(インパクトファクター:5.7@2025)
論文名:Vitronectin establishes a differentiation-restrictive extracellular microenvironment
that sustains myoblast proliferation across species.
(ビトロネクチンは、筋芽細胞の増殖を維持する分化抑制的な細胞外微小環境を形成する)
著者 :片山ともか<sup>1</sup>、松本杏実<sup>2</sup>、高澤陽香<sup>2</sup>、端野百華<sup>2</sup>、實海翔<sup>2</sup>、千木雄太<sup>3</sup>、岡村大治<sup>1,2*</sup>
*責任著者
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科、2 近畿大学農学部生物機能科学科、
3 Independent Researcher
URL :https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42206994/
DOI :10.1039/D6BM00313C
【本件の詳細】
現在、筋肉細胞などの動物細胞を安定的に培養するためには、一般的にウシ胎児血清(FBS)が培養液に10~20%程度添加されています。FBSには細胞増殖を支える多数のタンパク質や成長因子が含まれていますが、その成分組成は極めて複雑で、ロットごとのばらつきも大きく、再現性に課題があることが指摘されてきました。また、筋再生医療や培養肉の社会実装を考える上では、倫理面・持続可能性・コスト面においても大きな課題が指摘されています。
これまで筋芽細胞の分化制御は、主にFGF2(線維芽細胞増殖因子)などの成長因子シグナルによって説明されてきました。しかし研究グループは、「血清中には成長因子だけでなく細胞外マトリクス成分も大量に含まれている」点に着目し、血清由来の細胞外マトリクス成分が筋芽細胞の状態制御に重要な役割を果たしている可能性を検証しました。その結果、血清中に豊富に存在する細胞外マトリクスタンパク質「ビトロネクチン」が、筋芽細胞の分化を強く抑制しながら、増殖性を維持・促進することを発見しました。特に重要な点として、筋芽細胞の増殖培養に一般的に用いられるウシ胎児血清(FBS)には、ビトロネクチンが豊富に含まれている一方、筋分化誘導に使用されるウマ血清(HS)やウシ成体血清(ABS)にはビトロネクチンがほとんど含まれていないことを明らかにしました。さらに、FBSからビトロネクチンを除去すると筋分化が促進されることから、従来「成長因子の減少」によって説明されてきた筋分化誘導の背景に、「血清中ビトロネクチン量の低下」という細胞外マトリクス環境の変化が深く関与している可能性が示されました。
また、ビトロネクチンの作用は、マウスC2C12細胞だけでなく、ラットL6細胞、ヒトLHCN-M2細胞、ニワトリ胚由来初代筋芽細胞においても共通して確認され、種を超えて保存された現象であることが示されました。さらに3次元培養(スフェロイド培養)においても、ビトロネクチンは筋芽細胞の未分化状態を維持しながら細胞塊の成長を促進しました。
加えて研究グループは、以前同グループが開発した無血清培地※10「DA-X培地」を基盤として、ビトロネクチンとLIFを組み合わせることで、血清を含まない条件下でも筋芽細胞を長期間増殖可能な新たな無血清培養系を構築しました。この培養条件下では、従来必要とされてきたFGF2やIGF-1などの高価な成長因子を添加しなくても、筋芽細胞は未分化状態を維持したまま増殖可能であり、培養後も筋分化能を保持していました。
一方、本研究での無血清培養条件における筋芽細胞の増殖速度は、依然として血清含有培地には及んでいません。今後は、細胞外マトリクスや糖鎖、生理活性物質などを組み合わせることで、より高効率な筋芽細胞増殖を実現する次世代型無血清培養技術の開発を進めていく予定です。
本研究成果は、細胞外マトリクスが単なる「細胞の足場」ではなく、「細胞の状態そのものを積極的に制御する環境因子」であることを示しています。今後は、筋再生医療、培養肉、サルコペニア研究などにおいて、低コストや再現性の向上につながる細胞の大量培養技術への応用が期待されます。
【研究者のコメント】
岡村大治(おかむらだいじ)
所属 :近畿大学農学部生物機能科学科
近畿大学大学院農学研究科
職位 :准教授
学位 :博士(医学)
コメント:現在の動物細胞培養では、依然としてウシ胎児血清への依存が大きな課題となっています。また、FGF2やIGF-1などの高価な成長因子を大量に必要とすることも、再生医療や培養肉の産業化において大きな障壁となっています。本研究では、細胞外マトリクスであるビトロネクチンが、筋芽細胞を「分化しにくく、増殖しやすい状態」に維持する特殊な細胞外環境を形成することを明らかにしました。これは、従来の「成長因子中心」の細胞培養概念に対して、「細胞外環境そのものを制御する」という新しい視点を提示する成果であると考えています。また、ビトロネクチンとLIFを組み合わせることで、高価な成長因子に大きく依存しない筋芽細胞培養系を構築できたことは、筋再生医療や培養肉における低コスト化・高再現性化につながる可能性があります。今後は、細胞外マトリクスを基盤とした新しい細胞培養技術の開発をさらに進めていきたいと考えています。
【用語解説】
※1 細胞外マトリクス(ECM):細胞の周囲に存在するタンパク質や糖鎖などからなる構造体。細胞を物理的に支えるだけでなく、細胞の増殖や分化、移動などの性質を制御する重要な役割を持つ。
※2 ビトロネクチン(Vitronectin):血液や細胞外マトリクス中に存在するタンパク質の一種。細胞接着や細胞増殖に関与することが知られているが、本研究では筋芽細胞の分化を抑制し、未分化状態を維持する働きを持つことが明らかになった。
※3 筋芽細胞:筋肉を形成する前駆細胞。増殖した後に互いに融合・分化することで筋管細胞や筋線維を形成する。
※4 サイトカイン:細胞から分泌される特定のタンパク質の総称。細胞間の情報伝達を担う物質であり、免疫機能や炎症反応の調節に加えて、細胞の増殖、分化、生存などの微細な制御において重要な役割を果たす。
※5 LIF(Leukemia inhibitory factor):細胞の生存や未分化状態の維持に関与するサイトカインの一種。幹細胞研究や細胞培養に広く用いられている。本研究では、ビトロネクチンと組み合わせることで、筋芽細胞の無血清培養を可能にした。
※6 サルコペニア:加齢に伴って筋肉量や筋力が低下する現象。高齢者の転倒や要介護化の原因の一つとされる。
※7 成長因子:細胞の増殖や分化、生存などを制御するタンパク質。本研究ではFGF2やIGF-1などが該当する。
※8 3次元培養(スフェロイド培養):細胞を立体的に集合させて培養する方法。生体内に近い細胞環境を再現できるため、再生医療や創薬研究で注目されている。
※9 ウシ胎児血清(FBS):分娩前のウシ胎児の血液から調製される細胞培養用サプリメント。細胞増殖に必要な成分を豊富に含むため広く利用されているが、ロット差や倫理面、持続可能性などの課題が指摘されている。
※10 無血清培地:ウシ胎児血清などの動物由来血清成分を含まない細胞培養用培地。培地成分を明確に制御できるため、実験の再現性向上や倫理的課題の低減につながる。
【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 准教授 岡村大治(オカムラダイジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1359-okamura-daiji.html
農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/